むかしむかし、ある海辺の村に、浦島太郎という若い漁師が住んでいました。
浦島はまじめで、頼まれると断れない性分でした。ただ、連絡はまめな方ではありませんでした。メールの通知は、網を引いているときに鳴るとじゃまなので、ずいぶん前に切ってありました。母は峠の向こうの家にひとりで住んでいて、ときどき短いメールをくれました。浦島の返事は、三回に一回くらいで、母のメールよりも短いものでした。
ある夕方、漁から戻った浦島が浜辺を歩いていると、子どもたちが亀をいじめて……はいませんでした。浜辺には、誰もいなかったからです。
浦島は堤防に腰かけて、スマホを開きました。おすすめの欄のいちばん下に、亀の投稿が一つありました。夕暮れの浜辺の写真が一枚。いいねは、ゼロでした。
亀は毎日同じ時刻に、同じ浜辺の写真を投稿していました。さかのぼると、八百枚ほどありました。どの写真にも同じ岩と同じ波が写っていて、すみのほうに亀の甲羅が少しだけ入っていました。いいねは、どれもゼロでした。
浦島は、いいねを一つ押しました。指一本で済むことだったからです。それから網の片付けに戻り、夕飯のころには、押したことを忘れていました。
その夜、亀からメッセージが届きました。
「いいねを、ありがとうございました」
「たまたま、目に入ったので」
「はじめて、いただきました」
「八百枚目で、ですか」
「八百十四枚目です」
亀はしばらく何も書きませんでした。それから、リンクが一つ届きました。
「お礼に、
竜宮城へご招待します」
「竜宮城というのは」
「海の底です」
「遠いですか」
「指一本です」
浦島は、亀の背に乗って……ではなく、亀のリンクに乗って、竜宮城へ向かいました。開くと、竜宮城というアプリの入り口が現れました。
利用規約は、海の底ほど長く続いていました。いちばん下の「同意する」までは、亀が案内してくれました。途中で浦島が三回うとうとしたあいだも、亀は待っていてくれました。

竜宮城は、画面いっぱいの海の底でした。
指を上へ動かすと、鯛が踊っていました。もう一度動かすと、ヒラメが踊っていました。鯛やヒラメの舞い踊りは、いまは踊ってみた動画になっていて、指一本で、いくらでも流れてきました。
鯛は毎日、新しい振り付けを出していました。振り付けは毎回すこしずつ難しくなり、ほかの魚たちが、それをまねた動画を次々に返していました。ヒラメは横から撮ると見えなくなるので、いつも真上から撮っていました。
浦島は、一本見るたびにいいねを押しました。亀に押したのと、同じ指でした。どの動画にも、いいねはすでに何万とついていたので、浦島の一つが増えても、数字の見た目は変わりませんでした。浦島はそれでも押しました。その夜だけで、四百十二回押しました。
竜宮城は、浦島が長く見た動画を覚えていて、似たものを次々に出してくれました。浦島がヒラメを二回見返すと、それからしばらくは、ヒラメばかりが流れてきました。どのヒラメも、真上から撮られていました。

竜宮城の画面には、時計がありませんでした。全画面で表示されるからです。
夜が更けたころ、画面に「配信中」の文字が出ました。竜宮城でいちばん人気の配信者、乙姫でした。見ている人の数は、画面の隅で八万を超えていました。乙姫は歌うでも踊るでもなく、ただ、座っていました。
浦島が開くと、乙姫はこちらを見て言いました。
「おかえりなさい」
浦島が竜宮城に来たのは、今日がはじめてでした。一度閉じて、もう一度開きました。
「おかえりなさい」
コメント欄には「ただいま」が、下から上へ何千も流れていました。乙姫はそのひとつひとつに、同じ声で「おかえりなさい」と言いました。笠をかぶったお地蔵さまのアイコンが六つ並んで、小さな投げ銭を送っていました。六つ目だけは、手ぬぐいをかぶっていました。
浦島も、コメント欄に打ってみました。
「はじめて来ました」
「おかえりなさい」
「ただいま、でいいんでしょうか」
「おかえりなさい」
浦島は、それでいいのだと思うことにしました。
そろそろ寝ようと思いましたが、画面の下から、次の動画が少しだけのぞいていました。
「あと一本だけ」
そのころ、峠の向こうの母から、メールが一通届いていました。通知は、鳴りませんでした。


