むかしむかし、ある郊外のシェアハウスに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。
おじいさんは山へ芝刈りのスポットバイトに、おばあさんは川へ洗濯に……は行かず、駅前のコインランドリーへ行きました。川は三年前に暗渠になっていたからです。乾燥機に百円玉を三枚入れると、窓の向こうに、どんぶらこ、どんぶらこと大きな桃が回っていました。
おばあさんはしばらく窓をのぞきこんでいましたが、ドライフルーツが好きではないので、扉を開けました。桃はほかほかに乾いていました。
「入れた覚えはないけれど、乾かした以上はうちのものだねえ」
おばあさんは桃を洗濯かごに入れ、上からタオルを一枚かぶせて持ち帰りました。その夜、スポットバイトから帰ったおじいさんが包丁を入れようとすると、桃はひとりでに割れて、中から元気な男の子が出てきました。男の子はまだ目も開かないうちに、こう言ったそうです。
「Wi-Fi のパスワードを教えてください」

桃から生まれた男の子は、桃太郎と名付けられました。
桃太郎はすくすく育ちました。小学校の自由研究では「鬼ヶ島の物流と収益構造」をまとめて先生を困らせ、中学校では文化祭の模擬店をサブスク制にして、生徒会に呼び出されました。
そのころ、町は鬼の噂でもちきりでした。鬼ヶ島の鬼たちが夜な夜な村のサーバーに押し入り、帳簿や写真や、おじいさんの将棋の棋譜まで持ち去っていくというのです。
十五になった春、桃太郎はノートパソコンを開いて、おじいさんとおばあさんに言いました。
「鬼退治の会社を作ります」
おじいさんは「船は高いぞ」と言い、おばあさんは「お弁当はいるかい」と言いました。桃太郎は首を横に振りました。
「鬼ヶ島へは行きません。
鬼ヶ島が、Zoomに来るんです」
登記はオンラインで済み、本社はシェアハウスの四畳半になりました。社名は「株式会社ももたろう」。社員は一名で、出社する者はひとりもいませんでした。
とはいえ、鬼退治はひとりでは手が回りません。桃太郎は仲間を募ることにしました。求人票には、職種「鬼退治(フルリモート)」、勤務地「不問」、服装「自由(カメラに映る範囲のみ)」と書きました。
おばあさんは黙ってきびだんごを作りました。桃太郎はそれを受け取ると、求人票の「福利厚生」の欄にそっと書き加えました。
最初の面接に現れたのは犬でした。カメラはオフでした。
「志望動機を教えてください」
「……」
「ミュートになっていますよ」
「わん。御社の、鬼に噛みつける社風に惹かれました」
犬は前職で番犬をしていて、夜勤の多さに疲れたのだと言いました。桃太郎はその場で内定を出しました。カメラは最後までオフでした。
次に現れたのは猿でした。猿はカメラをオンにしていましたが、背景を南国の浜辺にしていたので、身振りをするたびに耳から先が消えました。
「前職では、柿の木のある庭で、栽培と収穫を担当しておりました」
「蟹さんのところですね」
「その件は、円満退職です」
桃太郎は深く追及せず、猿にも内定を出しました。
最後の面接は雉でした。雉は開始時刻ちょうどに入室すると、あいさつもそこそこに画面を共有しました。映し出された資料の表題は「御社の報酬体系について」でした。
「求人票を拝見しました。報酬はきびだんご一つ、とありますが」
「はい。おばあさんの手作りです」
「味の話はしていません」
雉はポインターで、資料の一行を指しました。
「それ、最低賃金を下回ってません?」
桃太郎は黙りました。画面の端では、犬がミュートのまま尻尾を振り、猿が浜辺に半分消えていました。
交渉は四十分に及びました。雉は鬼退治の業務内容を、定例会議への出席、議事録の作成、鬼への提案資料の準備と一つずつ読み上げ、そのたびに見合う対価を求めました。桃太郎は「持ち帰って検討します」と言って、台所のおばあさんに相談しました。おばあさんは少し考えてから、もう一つきびだんごを丸めました。

こうして、きびだんごは一人二つになりました。雉は「では、契約書は PDF でお願いします」と言い残して退出しました。最後まで、カメラはオフでした。
その夜、桃太郎は初めての全体定例の招待を送りました。参加者は四名。カメラをオンにしていたのは、主催者ひとりだけでした。


