竜宮城には、昼も夜もありませんでした。
鯛は今日も新しい振り付けを出し、ヒラメは今日も真上から撮っていました。乙姫の配信を開くと、いつでも「おかえりなさい」と迎えてくれました。浦島はそのたびに「ただいま」と打ちました。
竜宮城の通知は、よく鳴りました。「乙姫が配信を始めました」「鯛が新しい動画を投稿しました」「あなたへのおすすめ、ヒラメ」。浦島は、一つ残らず開きました。開けば、そこに続きがあったからです。乙姫の配信は、いつ開いても続いていました。乙姫がいつ眠っているのかは、誰も知りませんでした。
眠くなると、浦島は言いました。
「あと一本だけ」
目が覚めると、浦島は言いました。
「あと一本だけ」
浦島の数えでは、三日がたったころでした。その朝も「あと一本」と言いかけたところで、浦島はふと、浜に網を干したままだったことを思い出しました。
「そろそろ、陸に帰ります」
浦島がコメント欄にそう打つと、乙姫はいつもと同じ顔でうなずきました。乙姫は、これまで一度も、誰かを引き止めたことがありませんでした。その必要が、なかったからです。
「では、おみやげを」
乙姫がそう言うと、浦島の画面に、漆塗りの小さな箱の絵が届きました。赤い紐が結んであり、ふたには「ご利用時間のお知らせ」と書いてありました。
「開けたほうが、いいですか」
「どちらでも」
「開けてはいけない、ということは」
「開けなくても、
大丈夫ですよ」
乙姫はそう言って、次のコメントに「おかえりなさい」と言いました。

帰り道は、亀が案内してくれました。ログアウトのボタンは、利用規約よりも深いところにありました。浦島は亀のあとについて設定の画面を何枚もくぐり、ようやくアプリを閉じました。亀は別れ際に「またお越しください」とだけ書きました。画面のいちばん上に、久しぶりに時計と日付が出ました。日付は、三年先になっていました。浦島は、はじめ時計の故障だと思いました。
浦島がいたのは、海の底ではなく、自分の家の布団の上でした。三年前と同じ場所でした。髪とひげは、三年分のびていました。竜宮城の三日は、陸の三年だったのです。

浦島は、ひげをのばしたまま村へ出ました。
村は、少しだけ様変わりしていました。漁協の窓口は券売機のような機械になり、角の魚屋は宅配のロッカーになっていました。港には、見たことのない船が三そう並んでいました。三年前は小学生だった近所の子どもたちは、みんな背がのびて、中学校の制服を着ていました。自動販売機のお茶は、三十円上がっていました。
顔なじみの漁師がいたので、浦島は声をかけました。
「おひさしぶりです」
「……どちらさまでしたっけ」
「浦島です」
「ああ、浦島さん。もう何年も見ていませんでしたよ。どちらに」
「竜宮城に」
「お仕事で転勤されてたんですか?ご苦労様です」
漁師はそう言って、網の手入れに戻りました。浜に干したままだった浦島の網は、どこにもありませんでした。
村の誰も、浦島の三年間を知りませんでした。浦島も、よく知りませんでした。
浦島は通りに立ったまま、三年ぶりにメールを開きました。まずパスワードを聞かれ、三回まちがえて、四回目で開きました。
未読は、三万件ありました。
三年のあいだ、メールは一日に二十七件ずつ、休まず届いていたことになります。漁協のお知らせ、村の回覧板、通販の領収書、知らない人からの当選のお知らせ。「パスワードの有効期限が近づいています」というお知らせは、三十六通ありました。そのあいだに、人からの連絡がまじっていました。そのどれも、一度も開いていませんでした。
いちばん新しい一通は、鬼ヶ島の業者からでした。件名は「お預かりしていたメールの返却について」。本文には「海辺のサーバーへお戻ししました。既読にはしておりません」とありました。浦島のメールは、浦島の知らないうちに一度、鬼ヶ島まで出かけて、未読のまま帰ってきていたのです。
浦島がその一通を開いたので、未読は二万九千九百九十九件になりました。
家に戻ると、画面の隅で、漆の箱の絵が赤い紐を結んだまま光っていました。浦島はそれを開けずに、スマホを伏せて眠りました。三年ぶりのことでした。伏せたスマホの下で、メールの通知は、その夜も鳴りませんでした。


