何日かして、おじいさんは、朝から畑に出ていました。
隣の畑は、ふもとに住む若い人の持ち物でした。持ち主は三年前から寝ているので、おじいさんが、草だけ刈っていました。起こしたことは、ありません。
その昼、縁側にいたおばあさんのスマートフォンに、DM が一通届きました。知らないアカウントからでした。
「先日は、失礼な書き込みをいたしました。反省しました。ブロックを解いてください。お詫びに、味噌の仕込みをお手伝いします」
句読点も、敬語も、正しい文面でした。おばあさんは、それを三度読みました。味噌の仕込みは、来月の予定でした。
「DM は、開かんでいい」と言われていましたが、もう開いていました。

おばあさんは、狸の縄を……ほどくのではなく、ブロックを解きました。ブロックしたアカウントの一覧から、一件を消すだけでした。
返信は、一行にしました。
「お気持ち、うれしく思います」
夕方、おじいさんが畑から戻りました。ノートパソコンを開くと、ブロックしたアカウントの一覧は、空になっていました。おじいさんは、しばらくその画面を見ていましたが、何も言わずに閉じました。それから、二人で夕飯を食べました。
その晩、解かれたアカウントが、おばあさんの古い動画のコメント欄に、一行書き込みました。「公式の通販はこちらです」。リンクが一つ、付いていました。
リンクの先には、おばあさんそっくりのアカウントがありました。
アイコンは縁側の写真で、背景には、山の稜線と空が写っていました。北の斜面から撮っても、空は同じでした。湯のみの柄だけが、少し違いました。数日後、そのアカウントに、投稿が一つ上がりました。
「唐辛子味噌、通販はじめました」
「どこで買えますか」と聞きつづけてきた人たちが、次々に注文しました。その投稿に、「やっと買えます」というコメントが、いくつも付きました。その週のうちに、在庫は「残りわずか」になりました。ふもとの宇佐美さんも、注文した一人でした。秋祭りで味見をしてから、何年も待っていた味噌でした。
宇佐美さんは、規約は最後まで読む人でした。注文のボタンは、すぐに押しました。
味噌は、ちゃんと届きました。
おばあさんが汁に……なることは、ありませんでした。届いたのは、田貫さんが自分で仕込んだ味噌でした。
おばあさんのコメント欄に、「届きました。おいしかったです」が並びました。おばあさんは、自分の作っていない味噌の感想を、一つずつ読みました。読み終えると、横になりました。おじいさんは、枕もとに湯のみを置いて、その週は畑に出ませんでした。配信も、休みになりました。
土曜の夕方、おじいさんは、ひとりでカメラの前に座りました。ジンバルは座卓に寝かせ、スマートフォンを三脚に立てました。画面におじいさんの顔が映ったのは、初めてでした。コメント欄には、「カメじい」と「はじめまして」が流れました。
おじいさんは、紙を両手で持って読みました。当チャンネルの名前をかたるアカウントがあること。注文した皆さまに、ご迷惑をおかけしたこと。それから、最後の一行を読みました。
「当チャンネルは、物販を行っておりません」
読み終えると、おじいさんは頭を下げて、配信を切りました。同時に見ていた人の数は、いつもの倍でした。
ふもとの宇佐美さんは、台所で、届いた瓶のふたを開けました。箸の先で少しすくって、口に入れました。

おいしい味噌でした。ただ、あの味ではありませんでした。宇佐美さんは、瓶のふたを閉めました。








