兎は、おじいさんに頼まれて仇討ちを……引き受けたのではありません。宇佐美さんは、誰にも頼まれていませんでした。
宇佐美さんは、田貫さんのチャンネル「北斜面から」の、三百何人目かの登録者になりました。毎晩八時の配信には、いちばんに入って、丁寧なコメントを書きました。田貫さんは喜んで、毎晩、宇佐美さんの名前を読み上げました。
何日目かの配信で、田貫さんが言いました。
「今度、冬支度の薪運びを、一緒に配信しませんか」
「ぜひ」
そのあいだに、宇佐美さんはノートに書き出していきました。田貫さんの口癖の「ぽんと」が、荒らしの書き込みにもあったこと。田貫さんの縁側から見える稜線が、なりすましのアカウントの背景と同じだったこと。湯のみの柄も、同じだったこと。荒らしが止まる八時から九時に、田貫さんが配信していること。
並べる写真は、八枚になりました。そのうち一枚には、稜線の上に、細い煙が写っていました。

薪運びの前の晩、宇佐美さんは、名前を出さない別のアカウントで、八枚の写真と書き込みを並べて投稿しました。荒らしも、なりすましの通販も、「北斜面から」の田貫さんではないか、という投稿でした。
翌日は、よく晴れました。北の斜面の山道で、田貫さんは、アルミの背負子に薪を積んで歩きました。宇佐美さんは、そのうしろで三脚を持ちました。
田貫さんの上着のポケットで、スマートフォンが震えはじめました。震えるたびに、背負子の枠に当たって、かちかちと鳴りました。かちかちは、坂を上るあいだ、ずっと鳴りつづけました。
田貫さんは、背中を気にしながら言いました。
「あの、かちかちという音は」
宇佐美さんは、三脚を持ち直して答えました。
「この山の、かちかち鳥でしょう」
その日の配信のコメント欄には、見たことのない名前が、次々に流れてきました。田貫さんは、一つずつ読もうとして、途中でやめました。
投稿から三日目の晩、宇佐美さんは、田貫さんに DM を送りました。
「よく効く謝罪文のひな形です」
ひな形には、「誤解を招いたとすれば」「一部の切り取りにより」「今後は気をつけたいと思います」と書いてありました。田貫さんは、すぐにお礼を返しました。お礼の最後に、一行ありました。
「警告が、もう二回来ていまして」
荒らしの件と、なりすましの件でした。規約では、三回目で、チャンネルは削除されます。人の名前を使う企画には、本人の許可が要ることも、規約には書いてありました。
田貫さんは、ひな形をそのまま投稿しました。通知は、その晩、鳴りやみませんでした。
年の瀬に、宇佐美さんは、二人並んでの配信を持ちかけました。
「お詫びのしるしに、おばあさんの唐辛子味噌を、再現してみませんか」
「おばあさんには、合わせる顔がなくて」
宇佐美さんは、何も言いませんでした。
宇佐美さんは、その前の日に、「カメじい」宛てにメールを送っていました。返事は、一行でした。「どうぞ。作り方は、お教えできませんが」。
北の斜面の縁側に、三脚が二つ並びました。二人は、それぞれ自分のチャンネルで、同じ題をつけて配信しました。すり鉢で唐辛子をすり、味噌に混ぜました。二人とも、あの味にはなりませんでした。

配信のあと、炎上を見ていた人たちから、通報が何件か届きました。配信サービスは、おばあさんのチャンネルに、許可の有無を問い合わせました。答えたのは、おじいさんでした。
「一方からは頼まれました。もうお一方からは、頼まれておりません」
翌日、田貫さんのチャンネルは、三回目の違反になりました。何年分の畑と味噌と縁側の動画ごと、チャンネルは消えました。宇佐美さんの配信は、残りました。
その晩、北の斜面の縁側に、八時の灯りは点きませんでした。








