原作:かちかち山第三話 / 全四話 ・ 約3分

この山の、かちかち鳥でしょう。

連載「唐辛子味噌、通販はじめました。」
連載
唐辛子味噌、通販はじめました。
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読了
約3分
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挿絵:冬の山道で、アルミの背負子に薪を積んで歩く、ダウンベストに軍手の田貫さん。うしろで三脚付きのスマートフォンを持つ宇佐美さん。田貫さんの上着のポケットで、スマートフォンの画面が光っている

兎は、おじいさんに頼まれて仇討ちを……引き受けたのではありません。宇佐美さんは、誰にも頼まれていませんでした。

宇佐美さんは、田貫さんのチャンネル「北斜面から」の、三百何人目かの登録者になりました。毎晩八時の配信には、いちばんに入って、丁寧なコメントを書きました。田貫さんは喜んで、毎晩、宇佐美さんの名前を読み上げました。

何日目かの配信で、田貫さんが言いました。

「今度、冬支度の薪運びを、一緒に配信しませんか」
「ぜひ」

そのあいだに、宇佐美さんはノートに書き出していきました。田貫さんの口癖の「ぽんと」が、荒らしの書き込みにもあったこと。田貫さんの縁側から見える稜線が、なりすましのアカウントの背景と同じだったこと。湯のみの柄も、同じだったこと。荒らしが止まる八時から九時に、田貫さんが配信していること。

並べる写真は、八枚になりました。そのうち一枚には、稜線の上に、細い煙が写っていました。

挿絵:宇佐美さんの机に並んだ、八枚の写真のプリントと、印刷した規約の束。一枚にだけ、稜線の上に細い煙

薪運びの前の晩、宇佐美さんは、名前を出さない別のアカウントで、八枚の写真と書き込みを並べて投稿しました。荒らしも、なりすましの通販も、「北斜面から」の田貫さんではないか、という投稿でした。

翌日は、よく晴れました。北の斜面の山道で、田貫さんは、アルミの背負子に薪を積んで歩きました。宇佐美さんは、そのうしろで三脚を持ちました。

田貫さんの上着のポケットで、スマートフォンが震えはじめました。震えるたびに、背負子の枠に当たって、かちかちと鳴りました。かちかちは、坂を上るあいだ、ずっと鳴りつづけました。

田貫さんは、背中を気にしながら言いました。

「あの、かちかちという音は」

宇佐美さんは、三脚を持ち直して答えました。

「この山の、かちかち鳥でしょう」

その日の配信のコメント欄には、見たことのない名前が、次々に流れてきました。田貫さんは、一つずつ読もうとして、途中でやめました。

投稿から三日目の晩、宇佐美さんは、田貫さんに DM を送りました。

「よく効く謝罪文のひな形です」

ひな形には、「誤解を招いたとすれば」「一部の切り取りにより」「今後は気をつけたいと思います」と書いてありました。田貫さんは、すぐにお礼を返しました。お礼の最後に、一行ありました。

「警告が、もう二回来ていまして」

荒らしの件と、なりすましの件でした。規約では、三回目で、チャンネルは削除されます。人の名前を使う企画には、本人の許可が要ることも、規約には書いてありました。

田貫さんは、ひな形をそのまま投稿しました。通知は、その晩、鳴りやみませんでした。

年の瀬に、宇佐美さんは、二人並んでの配信を持ちかけました。

「お詫びのしるしに、おばあさんの唐辛子味噌を、再現してみませんか」
「おばあさんには、合わせる顔がなくて」

宇佐美さんは、何も言いませんでした。

宇佐美さんは、その前の日に、「カメじい」宛てにメールを送っていました。返事は、一行でした。「どうぞ。作り方は、お教えできませんが」。

北の斜面の縁側に、三脚が二つ並びました。二人は、それぞれ自分のチャンネルで、同じ題をつけて配信しました。すり鉢で唐辛子をすり、味噌に混ぜました。二人とも、あの味にはなりませんでした。

挿絵:北の斜面の縁側で、並んだ二つの三脚の前に座り、それぞれすり鉢と味噌の瓶を前にする田貫さんと宇佐美さん

配信のあと、炎上を見ていた人たちから、通報が何件か届きました。配信サービスは、おばあさんのチャンネルに、許可の有無を問い合わせました。答えたのは、おじいさんでした。

「一方からは頼まれました。もうお一方からは、頼まれておりません」

翌日、田貫さんのチャンネルは、三回目の違反になりました。何年分の畑と味噌と縁側の動画ごと、チャンネルは消えました。宇佐美さんの配信は、残りました。

その晩、北の斜面の縁側に、八時の灯りは点きませんでした。

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この連載の話

  1. 第一話DM は、開かんでいい。
  2. 第二話ブロックを、解いてください。
  3. 第三話この山の、かちかち鳥でしょう。
  4. 第四話山には、四軒しかありません。

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