原作:桃太郎第三話 / 全四話 ・ 約4分

鬼ヶ島、
時差あり

連載「鬼ヶ島、フルリモートで攻略します。」
連載
鬼ヶ島、フルリモートで攻略します。
テーマ
働き方
読了
約4分
公開
挿絵:画面の枠から角がはみ出した九人の鬼たちと、その背後の壁に並ぶ、時刻の違う時計

翌朝の朝会で、桃太郎は承諾された招待を画面に映しました。日時は、来週の午前二時でした。

犬は肉球の反応を一つ押しました。猿は「その時間は、寝ています」と言いました。雉は黙って画面を共有しました。資料の表題は「深夜帯の業務について」でした。

「午後十時から午前五時までは、深夜です」
「はい」
「深夜手当は、二割五分増しです」
「きびだんごで、ですか」
「きびだんご二つの二割五分増しは、二つと半分です」

桃太郎は持ち帰って、台所のおばあさんに相談しました。おばあさんは何も言わずに、半分の大きさのきびだんごを三つ丸めました。

犬からは、Slack でひとことだけ届きました。

「午前二時は、いつもの時間です。わん」

念のため、桃太郎は鬼ヶ島に日時の変更をお願いしてみました。返事はまた午前三時に届きました。「こちらでは、午後二時です」。鬼ヶ島と村のあいだには、ちょうど十二時間の時差があったのです。口コミの「時間帯が独特」は、このことだったようです。

当日、桃太郎は午前一時五十分の目覚ましで起きて、会議を開きました。一時五十八分、黒い四角が三つ並びました。いちばん先に入っていたのは犬でした。

午前二時ちょうど、鬼たちが入ってきました。鬼の四角が一つ、また一つと増えて、九つになりました。カメラは、全員オンでした。

株式会社ももたろうができてから、相手の顔がこれほどはっきり見えたのは初めてでした。赤い鬼も青い鬼も、髪をきちんと整え、襟のついたシャツを着ていました。ただ、角だけは枠に収まらず、どの鬼も角の下半分しか映っていませんでした。

鬼たちの後ろの壁には、丸い時計が五つ並んでいました。左端の札は「村」で、針は午前二時を指していました。右端の「鬼ヶ島」は、午後二時でした。あいだの三つは、札の字が小さくて読めませんでした。

「お世話になっております。こちらは昼休み明けです」
「こちらは、夜中です」
「ところで、そちらの皆さまは、カメラは」
「別途、お見積もりです」
「では、見積もりをお送りください。本日中に承認します」

雉はしばらく黙ってから、ミュートにしました。

桃太郎は、つうの作った資料を画面に映しました。表題は、招待の件名と同じ「お預かりいただいているデータについて」。色は落ち着いていて、字は大きく、鬼にも読める言葉で書いてありました。

「拝見しました。たいへん読みやすい資料でした」
「では、データを」
「はい。お預かりしています」
「お預けした覚えはありません」

鬼の代表は少し考えてから、背筋を伸ばしました。角の根もとが、枠の上の端でわずかに揺れました。

「盗んだのではありません。
バックアップです」

鬼は画面を共有しました。鬼にも資料がありました。表題は「村のサーバーの現状について」。機種は十年前のもので、ファンからは異音がしていました。パスワードは、長いあいだ「1234」のままだったそうです。

「見ていられませんでした」
「それで、村のサーバーの中身は」
「こちらにお移ししたあと、容量を空けておきました」
「消したんですね」
「整理です」

挿絵:昼の鬼ヶ島のオフィスと、棚いっぱいに整理された村のデータ

鬼はそう言って、資料をめくりました。最後のページは「月額保守料金のご案内」でした。

雉がミュートを外しました。

「この作業は、どなたとの合意に基づくものですか」

鬼たちは顔を見合わせました。九つの四角の上の端で、角の下半分が出たり入ったりしました。やがて、代表が答えました。

「盗んだのではありません。冗長化です」
「質問の答えになっていません」

桃太郎は、お預かりしているというデータの一覧をお願いしました。鬼は一行ずつ読み上げました。

村の帳簿、三十年分。村祭りの写真、四千枚。おじいさんの将棋の棋譜、八百十一局。読み上げは十五分ほど続き、終わりのほうで、鬼の声が一度だけ止まりました。

「浦島太郎様、未読メール三万件」
「それは、村のデータではありませんね」
「海辺のサーバーも、古かったもので」
「ご本人は」
「もう何年も、ログインされていないそうです」

挿絵:夕暮れの浜辺に積まれた未開封の手紙の山と、それを見上げる亀

桃太郎は「これは、返さなくても」と言いかけて、やめました。返すかどうかは、まだ誰も決めていなかったからです。

そのころ、猿のスマートフォンには、蟹から「お元気ですか」と一行だけ届いていました。猿は既読にしたまま、返事を考えていました。考えているうちに、猿のマイクから小さな寝息が聞こえてきました。

午前三時、鬼の代表は壁の時計を見て、「こちらは、そろそろおやつの時間ですので」と言いました。返却のことも、月額料金のことも、何ひとつ決まりませんでした。雉は「議事録は、私が取ります」とだけ言って退出しました。鬼たちのカメラは、最後までオンでした。

雉の議事録は、その朝、朝会の一分前に届きました。

— 第三話 おわり —第四話 めでたし、めでたし(議事録より) →
次の話 ・ 第四話めでたし、めでたし(議事録より) →

この連載の話

  1. 第一話きびだんごは、福利厚生です。
  2. 第二話犬、猿、雉。全員カメラオフ
  3. 第三話鬼ヶ島、時差あり
  4. 第四話めでたし、めでたし(議事録より)

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