三年たちました。
秋のある朝、庭の隅で、栗が実りました。柿の種の並びから少し離れたところに、栗原さんが、自分で栗を一本植えていたのです。
栗原さんは、いがから栗を出して、加工場の業務用コンロで焼きました。殻が、ぱちんと弾けました。焼けた栗は、一人一つずつ配られました。
栗原さんが、めずらしく口を開きました。
「栗は、三年でした」
「桃栗三年、柿八年です」
蟹江さんは、栗をむきながら、斜面のほうを見ました。柿の苗は、人の背丈ほどに伸びていました。実は、一つもついていませんでした。
そのあいだも、加工場では、古い木の渋柿で干し柿を作っていました。栗原さんがピーラーで皮をむき、隣のビニールハウスに吊るしました。干し柿は、道の駅に並べた日のうちになくなりました。栗原さんは、売れた数を、毎晩、大学ノートにつけていました。

古い木の高い枝には、猿渡さんしか届きませんでした。
猿渡さんは、果樹用の三脚脚立を立てて、いちばん上の段から、さらに枝へ移りました。熟れた柿を腰の収穫袋に摘み、袋がいっぱいになると、下の収穫コンテナにそっと空けました。
摘んだ柿は、猿渡さんが軽トラックで町へ売りに行きました。青果店、料理屋、駅前の果物屋。売り先は、年に一軒か二軒ずつ増えました。注文は、猿渡さんのスマートフォンに届きました。年賀状も、猿渡さんが自分で書きました。
ある年、青果店の主人が、箱の中をのぞいて言いました。
「この柿は、猿渡さんでないと」
「庭の柿です」
「いや、猿渡さんでないと」
蟹江さんは、売り先の主人の顔を知りませんでした。事務所の出荷記録のバインダーで、毎月の数字を見ているだけでした。数字は、毎年少しずつ増えていました。
蜂谷さんの検品は、厳しいものでした。果実硬度計を柿に当てては、猿渡さんのコンテナから、毎回いくつか戻しました。
「これは、熟れすぎています」
猿渡さんは、戻された柿を黙って加工場へ運びました。加工場では、それがジャムになりました。
柿の種の四人は、毎月、少し減ったお給料で暮らしました。
栗原さんの昼は、干し柿の傷ものでした。蜂谷さんは、スマートフォンの料金を、いちばん安いプランに変えました。臼井さんは、カーディガンの肘を繕って、同じものを着つづけました。
牛島さんは、毎朝、古い木の下で、脚立の立つところの土を踏んでから、堆肥舎へ行きました。
蜂谷さんが、牛島さんに一度だけ聞いたことがあります。
「柿は、まだですか」
「土は、急かしても育ちません」
庭の隅には、若木が五本並んでいました。四本には、白い名札が立っていました。五本目にだけ、名札がありませんでした。
猿渡さんの昼は、いつもおにぎりでした。ある日、そのおにぎりが一つ、古い木の根もとの坂を転がって、穴に落ちました。穴の中から、小さく「ありがとうございます」と聞こえました。猿渡さんは、もう一つ持っていました。
猿渡さんのおにぎりは、毎日なくなりました。庭の隅の五本目の木は、毎年少しずつ伸びました。そうして、五年がたちました。
八年目の秋、斜面の柿が、初めて実りました。
二百本の木に、橙色の実がなりました。高い枝は、猿渡さんが摘みました。脚立の下では、四人が交代で収穫コンテナを受け取りました。誰も、あまり話しませんでした。いちばん熟れた柿は、猿渡さんの売り先へ送られました。どの店でも、よく売れました。
収穫が終わったころ、分配の日がありました。蟹江さんは、前の晩に、封筒の中身を出荷記録と三度照らし合わせてから封をしていました。その封筒を、事務所の会議机に四つ並べました。
「お約束の、分け前です」
四人は、封筒を一つずつ受け取りました。臼井さんは、両手で受け取って、一礼しました。
その日は、給料日でもありました。猿渡さんには、いつもの月と同じ給与明細が渡されました。猿渡さんは、明細を二度読んでから、畳んで、作業着の胸ポケットにしまいました。

その夜、猿渡さんのアパートの窓には、遅くまで明かりがついていました。








