猿は木の上から、蟹に青い柿を投げつけた……のではありません。
分配の日の夜、猿渡さんは、アパートの部屋でノートパソコンを開いて、メールを一通書きました。宛先は蟹江さんで、件名は「分け前の話を、させてください」でした。
添付は、表が一枚でした。古い木と新しい木の八年分の売上が並び、右端には売り先十四軒の名前があり、いちばん下の行に、売上の二割を歩合として受け取りたい、と書いてありました。本文の終わりには、一文だけ添えてありました。
「なお、売り先の皆さまとは、私個人とのお付き合いです」
送信したのは、午前一時を少し回ったころでした。

蟹江さんは、翌朝、それを読みました。三度読んで、スマートフォンを伏せ、その日から寝込みました。ベッドの脇には、剪定ばさみが置いてありました。
寝込む前に、蟹江さんは、そのメールを臼井さんに転送していました。件名の頭に「転送:」がつきました。本文には、何も書いてありませんでした。
次の日の夕方、臼井さんは、加工場に皆を集めました。
ステンレスの作業台をはさんで、片側に猿渡さんが、反対側に柿の種の四人が、パイプ椅子で座りました。脇の業務用コンロでは、ジャムの寸胴鍋が煮えていました。隣のビニールハウスには、干し柿が、のれんのように下がっていました。
「蟹江さんは、休んでおられます。代わりに、伺います」
臼井さんがそう言うと、最初に口を開いたのは、栗原さんでした。栗原さんは、ふだんはほとんど話しません。その栗原さんが、棚から大学ノートの束を下ろして、作業台に置きました。
鍋のジャムが、ぷつりと泡をはじきました。
ノートには、八年分の干し柿とジャムの数が、毎晩一行ずつ書いてありました。古い木の渋柿も、蜂谷さんが戻した柿も、干し柿とジャムになって、道の駅で売れていました。その売上も、八年間、皆のお給料になっていました。猿渡さんは、ノートを一冊手に取って、めくりました。どのページも、同じ字でした。
「干し柿も、売れておりました」
「存じませんでした」
「猿渡さんの戻された柿も、です」
次に、蜂谷さんが、複合機で刷った試算の表を作業台に広げました。赤いボールペンを持って、上から一行ずつ確かめていきました。検品のときと同じ手つきでした。
途中で、ペンが止まりました。
「この数字は、まだ青いです」
試算には、四人が八年間、月三万円ずつ減らしてきたお給料の分が入っていませんでした。今年の封筒は、その差の、まだ一部でした。
猿渡さんが、聞きました。
「追いつくのは、いつですか」
「何年か先です」
「それから先は」
「毎年です」
牛島さんは、それまで黙っていました。軍手を外して、作業台の端にそろえて置くと、ついでのように言いました。
「脚立の足もとは、毎朝、踏み固めておりました」
猿渡さんは、八年間、一度も脚立から落ちませんでした。猿渡さんは、初めて、自分の足もとを見ました。

最後に、臼井さんが席を立ちました。事務所の耐火金庫から出してきた契約書を五通、作業台の上に重ねて置きました。
いちばん上は、猿渡さんの契約書でした。おにぎりの欄に、丸がついていました。八年前の丸でした。
「来年は、向かいの斜面にも苗を植えます。そちらの分なら、今から種を選べます」
「八年は、待てません」
臼井さんは、うなずきました。カーディガンのポケットには、庭の印鑑が入っていました。
「では、書面にいたしましょう。判は、わたしが押します」
猿渡さんは、しばらく作業台の契約書を見ていました。それから、顔を上げて言いました。
「売り先は、お返しします」
蟹江さんが起きたのは、三日目の夕方でした。








