原作:舌切り雀第三話 / 全四話 ・ 約3分

専務として、ご挨拶を。

連載「規定で、三千円までです。」
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規定で、三千円までです。
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約3分
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挿絵:夕暮れの坂を下る社用車の後部座席を占める大きいつづらと、その横に小さく座るおばあさん、助手席でうつむく秘書

稟議に目を通すと、おばあさんは秘書を呼びました。

「専務として、ご挨拶を」
「決裁の前に、ですか」
「会社の顔ですから」

取引先には、決裁の前に一度、自分で顔を出す。先代のころからの、おばあさんの決まりでした。手土産は、駅前の和菓子屋の最中でした。

翌週の昼過ぎ、社用車が、すずめのお宿の坂を上りました。日帰りでした。

玄関では、鈴目さんが、おじいさんのときと同じように手をついて迎えました。おばあさんは、鈴目さんの顔を見ても、何も思い出しませんでした。会社には、三年のあいだに、アルバイトが何人も入って、何人も辞めていました。鈴目さんも、名乗りませんでした。

鈴目さんが、献立を聞きに来ました。

「お好みは、ございますか」
「いちばん良いものを」
「お酒は」
「いただきます」

おばあさんは、特別室に通されました。水菓子の柿は、山向こうの蟹の庭から届いたものだそうです。仲居さんたちは、懇親会プランのすずめ踊りを、全曲見せました。四十分でした。おばあさんは、どの皿もきれいに食べ、仲居さんの一人ひとりに、ていねいに礼を言いました。

挿絵:特別室の床の間を背に座るおばあさんと、扇を手に踊る仲居さんたち、下座で手帳を手に控える秘書

食事が済むと、おばあさんは鈴目さんを呼びました。お茶うけのまんじゅうの菓子鉢を少し持ち上げて、底を見せました。

「先代のころは、こういうものでした」

それから、少し声を落としました。

「今どきは、足のつかないものがよろしいそうで」

「孫が、ビットコインと申しておりました」

鈴目さんは菓子鉢を見て、それから、何も言わずに頭を下げました。

帰りに玄関へ出ると、上がり框に、大きいのと小さいのと、つづらが二つ並んでいました。

「当館では、お帰りの際に、どなたにもお出ししております。お好きな方を、どうぞ」

秘書が、小さな声で言いました。

「専務、規定では……」
「口を挟まないでちょうだい」

秘書は、黙りました。

「小さい方では、先方に失礼でしょう」

大きいつづらは、社用車のトランクに入りきらず、後部座席に載せました。おばあさんは、その横に座りました。鈴目さんと仲居さんたちが玄関に並んで見送り、おばあさんは、窓越しに会釈を返しました。

社用車がとうに坂を下りた、その晩のことです。鈴目さんは帳場で、名刺を一枚出しました。「総務課」とだけある名刺でした。電話をかけて、その日のことを順に話しました。電話の向こうのおじいさんは、家で夕飯を済ませたところでした。最後まで、口を挟まずに聞きました。

「何か、いたしましょうか」
「そのままで、結構です」

電話を切ると、おじいさんは手帳を開いて、日付と時刻を書きました。

おばあさんは、家の座敷で、大きいつづらを開けました。

大きいつづらから出てきたのは、お化け……ではありませんでした。一面の、まんじゅうでした。

まんじゅうの上には、挨拶状が一枚のっていました。「今後とも、よしなに」。おじいさんの小さいつづらに入っていたのと、同じ文面でした。まんじゅうを出して底板を持ち上げると、紙が一枚ありました。ビットコインを受け取るためのコードを刷った紙でした。

まんじゅうは、孫の分を取り分けて、残りを近所に配りました。

挿絵:家の座敷で、まんじゅうを脇に積み、大きいつづらの底板を持ち上げるおばあさん。底には模様を刷った紙が一枚

翌朝、おばあさんは、すずめのお宿の稟議に、決裁印をまっすぐ押しました。

数日後の役員会で、議題が済んでお茶が出たとき、おばあさんは言いました。

「良い宿でした。大きいつづらまでいただいて」
「申告は、されましたか」
「専務は、会社の顔ですから」

社外監査役は、手帳に何か書き留めました。社長は、何も言いませんでした。

お化けは、三週間後に出てきました。社内調査という名前でした。

調査は、社長の名前で、外の弁護士に任されました。弁護士は、総務課に資料を求めました。宿の選定の書類と、念のため、会議費の記録でした。おじいさんは、頼まれたものを、頼まれたとおりに出しました。会議費の領収書の綴りは十年分あって、年ごとに付箋がついていました。

その中に、駅前の和菓子屋の領収書が、百二十枚ありました。但し書きは、どれも「来客用」でした。

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この連載の話

  1. 第一話来客用の最中が、一つ足りません。
  2. 第二話手ぬぐい一本、申告します。
  3. 第三話専務として、ご挨拶を。
  4. 第四話会見場は、押さえてあります。

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