原作:舌切り雀第四話 / 全四話 ・ 約4分

会見場は、押さえてあります。

連載「規定で、三千円までです。」
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規定で、三千円までです。
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約4分
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挿絵:ホテルの会見場の長机で、マイクを手に深く頭を下げるおばあさんと、隣で頭を下げる社長。うしろの壁ぎわで、マイクのコードを巻くおじいさん(記者の顔は描かない)

年が明けて、調査報告書が出ました。抜粋は、次のとおりです。

研修の宿の選定に関する調査報告書(抜粋)

認定した事実

  1. 研修の宿の選定は、三社の相見積もりにより、条件で行われました。担当者は、受け取った品(手ぬぐい一本、九百八十円)と先方との関係を即日申告しており、贈答品台帳にも記載があります。選定に問題は認められません。なお、本項の確認は、調査委員が単独で行いました。

  2. 専務は、決裁の前に取引先を訪れ、もてなしを受け、大きいつづらを受け取りました。つづらの中身は通常まんじゅうのみで、取引先はすべての来訪者に同じ物を示しています。底の紙は、専務の求めに応じて入れられたものです。取引先は当夜のうちに当社の窓口に申し出ており、調査にも自ら応じました。贈答品台帳に、専務の記載はありません。

    ビットコインのやりとりは、後から誰でもたどれる仕組みです。番号を控える必要はありませんでした。送金の記録は、すべて公開の台帳に残っておりました。

  3. 会議費で購入された和菓子(最中)百二十箱のうち、来客に出された記録のあるものは十一箱でした。残りは、専務のご自宅に持ち帰られていました。三年前、来客の打ち合わせがオンラインに変わった日に、賞味期限当日の一つを食べたアルバイトが叱責を受け、翌週に退職しています。当該の最中も、専務の私物でした。

  4. このほか、次のことが認められました。

    • 社用車による、お孫さんの塾と習い事の送り迎え(週三回、四年間)
    • 会議室の観葉植物(ゴムの木、一鉢)の、ご自宅への移設
    • 会社の年賀状の余りの私用(百十二枚)

総括

いずれも、悪意によるものとは認められません。公私の区別が、長年にわたり曖昧でした。

調査委員 弁護士(外部)
調査担当 総務課(社長特命)

ひと月ほどして、臨時株主総会が開かれました。議案は、専務の解任と、新しい取締役の選任でした。

弁明を求められると、おばあさんは、短く答えました。

「会社は、父の代から、家のようなものでした」

解任は、可決されました。

同じ日の夕方、会見が開かれました。

会見場の手配は、総務課のおじいさんの仕事でした。総会の前の週、課長がおじいさんの席に来ました。

「来週、会見になりそうです」
「会見場は、押さえてあります」

会見場は、駅前のホテルの宴会場でした。入口には、予約の札が二枚掛かっていました。今日の札と、翌日の札です。翌日の札には、「山の件(事実確認中)」とありました。

記者会見 質疑応答(抜粋)

  • 記者:取引先との契約は、今後どうなりますか。
  • 社長:研修の宿は、条件で選ばれております。契約は、そのまま続けます。
  • 司会:それでは、以上をもちまして……
  • 前専務:一言だけ、よろしいでしょうか。

おばあさんは、マイクを両手で持ちました。

「元アルバイトの方にも、お詫び申し上げます」

それから、深く頭を下げました。しばらく、シャッターの音だけが続きました。おじいさんは会場のいちばんうしろで、マイクのコードを巻いていました。

鈴目さんは、その時間、宿の研修室で机を拭いていました。会見のことは、あとで仲居さんから聞きました。机を拭く手は、止めなかったそうです。

会見の翌月、新任の役員のコンプライアンス研修が、すずめのお宿で開かれました。手配は、おじいさんの定年前の、最後の仕事でした。

その日は雨でした。玄関には、貸し傘の代わりに、笠が並んでいました。どの笠の内側にも、笠の絵の焼き印が一つ押してありました。

挿絵:雨のすずめのお宿の玄関に掛けられた貸し笠と、笠をかぶって到着する新任の役員たち

研修のお茶菓子は、最中でした。研修費から、宿に払ってありました。

帰りに、鈴目さんはいつものとおり、上がり框につづらを二つ並べました。

「当館では、お帰りの際に、どなたにもお出ししております。お好きな方を、どうぞ」

新任の役員は八人とも、小さい方を選びました。

「規定で、三千円までですので」

八人とも、同じことを言いました。大きいつづらは、上がり框に残りました。

挿絵:雨上がりの宿の玄関で、小さいつづらを一つずつ持って並ぶ八人の新任の役員たちと、見送る鈴目さん。上がり框に大きいつづらが残っている

翌朝、総務課に申告書が八枚届きました。受け付けたのは、おじいさんでした。八枚とも、品名は手ぬぐい一本、金額は九百八十円でした。おじいさんは、八枚を贈答品台帳に写しました。

大きいつづらほど、足がつく。

— 第四話 おわり —

この連載の話

  1. 第一話来客用の最中が、一つ足りません。
  2. 第二話手ぬぐい一本、申告します。
  3. 第三話専務として、ご挨拶を。
  4. 第四話会見場は、押さえてあります。

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